第269号一覧

クロマグロの完全養殖

近畿大学水産研究所准教授家戸敬太郎 クロマグロは最近養殖生産がとくに活発に行われている重要な養殖魚種であるが,乱獲による資源の減少が大きな問題となっている。近畿大学では1970 年から養殖技術開発を開始し,その後1974 年度に活け込んだ幼魚からの親魚までの本格的な飼育に成功した。1979 年にはこれらの魚が世界で初めて網いけす内で自然産卵した。この親魚はその後も産卵し,受精卵からの飼育が試みられた。 飼育実験は1979 年以降のべ10 数回にわたって試みられたが,仔魚期の初期減耗が激しいうえに,稚魚期までの飼育には成功してもそれ以後の減耗が激しく成魚にまで育てることはできなかった。 加えてその後11 年間にわたり,養成親魚からの産卵が途絶えた。 産卵行動がみられなくなってから12 年目の1994 年に親魚が待望の自然産卵を開始した。産卵は1998 年まで の5 年間の間に4 シーズンで認められた。年毎に初期減耗の原因究明をすすめ,さらに海上の網いけすへ移動した 後の大量へい死の原因も解明した。これらの原因に基づいて,防止対策の開発をすすめた結果,卵から成魚までの飼育に成功し,2002 年にはいけす内で産卵された卵から育てたクロマグロが初めて産卵するいわゆる完全養殖を世界以上のように,クロマグロの種苗生産に関する研究開発を進めてきた結果,2007 年には完全養殖クロマグロ第世代を生産し,世界で初めて人工種苗約1,500 尾を養殖場に出荷した。さらに2008 年には7,000 尾以上の人工 種苗の出荷を実現した。今後は,さらに量産技術の開発を進め,天然資源に依存しないクロマグロ養殖の実現に貢献したいと考えている。
開催日:2009 年7月16日開催場所:函館市産学官交流プラザ テーマ「水産関係のバイオベンチャーあるいはベンチャー創出につなが る技術開発」 近畿バイオインダストリーの方々をお迎えし、財団法人バイオインダストリー協会、財団法人JKA、一般財 団法人函館国際水産・海洋都市推進機構の協賛により、交流会が函館で開催されました。 今回は、58人の参加となり、北海道、近畿から各々2題の発表がされ、活発な討議が行われました。 要旨を下記のとおりとなります。 インターフェロンを応用した魚類ウイルス病に対する新しい免疫法:Poly(I:C)免 疫法 北海道大学大学院水産科学研究院海洋生物工学分野准教授西澤豊彦 魚介類のウイルス感染症は、水産増養殖業において大きな問題となっている。現在まで 種々のウイルス病ワクチンが開発されてきたが、日本で市販されているワクチンはマダイ イリドウイルス(RSIV) 不活化ワクチンのみである。今回、魚類ウイルス病に対する新し い免疫法として「Poly(I:C)-免疫法」について紹介する。Poly(I:C)-免疫法は、合成二本鎖 RNA であるPoly(I:C)を投与することで、魚にインターフェロン(IFN) を誘導させ、魚体 が抗ウイルス状態となっている間に、目的とする病原ウイルスに暴露させ、ウイルスに対する特異免疫を誘導させる 方法である。 非病原性の伝染性膵臓壊死症ウイルス(IPNV) に予め感染させたニジマスは、伝染性造血器壊死症(IHN) に対し 2 高い抵抗性を示すことが知られている。これは、IPNV 感染により誘導されたIFN により魚が抗ウイルス状態になっ ていたためと考えられる。また、このIPNV-IHNV 区の生残魚血清はIHNV に対する特異抗体を有し、さらに同生残 魚はIHNV による再攻撃に対しても高い抵抗性を示した(RPS:91.6 %)。すなわち、予めIPNV に感染させた魚を IHNV に暴露することでIHNV に対する特異免疫が誘導されることが示された。 次に、IPNV の代替としてIFN 誘導物質であるPoly(I:C)を投与したところ、Poly(I:C)投与ニジマスはIHNV に対し 高い抵抗性を示し(RPS: 95.2%)、生残魚の血清からIHNV に対する特異抗体が検出された。さらに同生残魚をIHNV で再攻撃したところ、1 尾の死亡も認められなかった。以上の結果から、IPNV の代替えとしてPoly(I:C)を投与し、 ニジマスが抗ウイルス状態にある間にIHNV に曝露することで、IHNV に対する特異免疫が誘導できることが示され た。さらに、海産高級魚のマハタやヒラメに、Poly (I:C)を投与した後、病原ウイルスであるウイルス性神経壊死症原 因ノダウイルス(RGNNV) あるいはウイルス性出血性敗血症ウイルス(VHSV) に暴露することで、暴露したウイ ルスに対する免疫が誘導されることが確認できた。Poly(I:C)の用法・容量を検討したところ、50 µg/fish 以上を投 与後4 日以内に病原ウイルスに暴露することで十分な防御効果が誘導された。 このPoly(I:C)-免疫法は、1) Poly(I:C)は接種魚体内で速やかに分解されるため、免疫魚の食品としての安全性が担 保されること、2) ウイルスの不活化が不要であるため、分離培養が困難あるいは未同定のウイルス等にも応用が可 能であること、3) 遺伝子組換え操作が不要であるため、開発コストが大幅に軽減され、遺伝子組換え食品等に否定 的な消費者も受け入れやすいと考えられること等で、従来法とは異なる。今後、Poly(I:C)-免疫法は様々な魚類ウイ ルス病へ応用が可能であると考える。 北海道産チョウザメ養殖をめざして 北海道大学大学院水産科学研究院海洋応用生命科学部門教授足立伸次 かつて、北海道にはチョウザメが生息していた。しかし、石狩川と天塩川でふつう にみられたチョウザメは昭和初期までには姿を消し、2001 年には北海道レッドデー タブックに、2007 年には環境省のレッドリストに「絶滅種」として記載された。と ころが、現在でもチョウザメが北海道沿岸で捕獲されることがある。我々は過去10 数年間、天然チョウザメの収集を行なった結果、約50 数尾の個体を確認することが でき、現在でも年間数尾は捕獲されることがわかってきた。それらの内訳はダウリア チョウザメ(カルーガ)が8 割弱、ミカドチョウザメ(標準和名はチョウザメ;国内絶滅種)が約2 割で、その他 は数尾である。我々はカルーガ1 尾およびミカドチョウザメ6 尾を北海道大学七飯淡水実験所で飼育しており、個 体数は少なかったものの、2007 年にはカルーガ、2008 年にはミカドチョウザメの国内初の人工繁殖に成功した。 北海道では、ホタテやコンブなどの養殖およびサケマス類やカレイ類の栽培漁業は大規模に行なわれているものの、 海面での生け簀養殖はほとんど行なわれていない。内水面においても、ニジマス養殖が小規模に行なわれているにす ぎない。しかし、北海道には安価で広大な土地があり、良質な冷水や温泉水も豊富である。チョウザメ類の養殖には 冷水も温水も必要としており、北海道はまさにチョウザメ養殖の適地である。加えて、北海道には、膨大な量の各種 水産廃棄物があり、これらを養殖用飼料に利用できると大幅なコストダウンに繋がり、大規模養殖の展開も期待でき る。 チョウザメは雌雄の価値に大きな差がある。また、成熟に時間がかかる種類が多い。チョウザメ養殖をする場合、 卵巣(キャビア)がとれる雌ばかりを生産し、しかも早く成熟させることが望まれる。一般に、魚類の性統御はホル モン処理や染色体操作が用いられ、魚種によっては比較的容易である。我々は雑種チョウザメのベステルを用いて、 ホルモン処理による全雌あるいは全雄生産も成功し、雌性発生(精子の遺伝情報を破壊し、卵だけで発生させる方法) も行なっている。性染色体型がXX/XY であるサケマス類などでは、雌性発生により全雌生産が可能である。しかし、 チョウザメの場合は雌性発生魚でも雄魚が出現することから、サケマス類とは異なり性染色体型がZZ/ZW と思われ、 3 染色体操作による全雌生産は実現していない。ホルモン処理や雌性発生法を組み合わせるとチョウザメでも全雌生産 が可能となるが、2-3 世代の交配を経てから全雌生産が可能となるため、成熟期間を短縮させる方法の確立が望まれ る。現在我々は、雄では精子凍結保存法や試験管内精子作製法など、雌では全雌生産法や早期成熟誘導法などの確立 を目指して研究中であり、これらの研究成果を北海道産チョウザメの効率的養殖に生かしたいと考えている。 分子ディスプレイによる酵母細胞ワクチンの機能デザイン 兵庫医療大学薬学部医療薬学科准教授芝崎誠司 細胞にタンパク質やペプチド分子をディスプレイし、新しい機能や生理活性を賦与す る、いわゆる分子ディスプレイ法により、微生物細胞の高機能化を目指した新しいバイ オテクノロジー技術が生まれている。ファージディスプレイは代表的な分子ディスプレ イ法であり、ディスプレイした分子に対するリガンドのスクリーニングなどに威力を発 揮している。さらに、乳酸菌や大腸菌などのバクテリアを用いた系に加え、近年ではリ ボソームや磁性粒子へのタンパク質やペプチド分子のディスプレイによる、新規分子の スクリーニングも報告されている。我々はこれまで、パン酵母Saccharomyces cerevisiaeを宿主とし、酵母のみ ならず他の生物由来のタンパク質や人工ペプチドのディスプレイに成功し、それらは細胞センサー、重金属回収担体、 物質変換のためのwhole-cell biocatalyst として注目されている。また、これらの酵母は米国のChemical & Engineering News において「アーミング酵母(Arming yeast)」としても紹介され、新しいテクノロジーとして 期待されている。 我々は、医薬分野への展開例の一つとして、抗原タンパク質、ペプチド分子のディスプレイによる酵母細胞の細胞 ワクチンへの変換を目指している。抗原分子ディスプレイ酵母は飼料に混ぜる事も可能と考えられ、魚病ウイルスに 対するワクチン創出を目指した分子ディスプレイについて取組んでいる。本講演では、酵母分子ディスプレイ法につ いて概説し、細胞ワクチンへの応用や抗体産生の事例と今後の展望について述べる。 クロマグロの完全養殖 近畿大学水産研究所准教授家戸敬太郎 クロマグロは最近養殖生産がとくに活発に行われている重要な養殖魚種であるが, 乱獲による資源の減少が大きな問題となっている。近畿大学では1970 年から養殖技 術開発を開始し,その後1974 年度に活け込んだ幼魚からの親魚までの本格的な飼育 に成功した。1979 年にはこれらの魚が世界で初めて網いけす内で自然産卵した。こ の親魚はその後も産卵し,受精卵からの飼育が試みられた。 飼育実験は1979 年以降のべ10 数回にわたって試みられたが,仔魚期の初期減耗 が激しいうえに,稚魚期までの飼育には成功してもそれ以後の減耗が激しく成魚にまで育てることはできなかった。 加えてその後11 年間にわたり,養成親魚からの産卵が途絶えた。 産卵行動がみられなくなってから12 年目の1994 年に親魚が待望の自然産卵を開始した。産卵は1998 年まで の5 年間の間に4 シーズンで認められた。年毎に初期減耗の原因究明をすすめ,さらに海上の網いけすへ移動した 後の大量へい死の原因も解明した。これらの原因に基づいて,防止対策の開発をすすめた結果,卵から成魚までの飼 育に成功し,2002 年にはいけす内で産卵された卵から育てたクロマグロが初めて産卵するいわゆる完全養殖を世界 で初めて達成した。 以上のように,クロマグロの種苗生産に関する研究開発を進めてきた結果,2007 年には完全養殖クロマグロ第3 世代を生産し,世界で初めて人工種苗約1,500 尾を養殖場に出荷した。さらに2008 年には7,000 尾以上の人工 種苗の出荷を実現した。今後は,さらに量産技術の開発を進め,天然資源に依存しないクロマグロ養殖の実現に貢献 したいと考えている。

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